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7PM in Brooklyn(2026年10月31日配信)でネリーが語った

ネリーが語るジョーダンとのカードゲーム、アイバーソンとのHORSE、そしてNBAオーナーの内側

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/ 1時間前

チームネッツホーネッツ

番組7PM・イン・ブルックリン

ポッドキャストで語るネリー
イメージ画像(AI で生成)

Nelly’s CRAZY Night Gambling With Michael Jordan, Beating Allen Iverson in HORSE & More

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7PM in Brooklyn(2026年10月31日配信)でカーメロ・アンソニーがラッパーのネリーをゲストに迎えた。

ネリーはマイケル・ジョーダンがシャーロット・ボブキャッツ(現ホーネッツ)を買収する前からオーナーグループに参加しており、NBAビジネスの内側、ジョーダンとのカードゲームでの大敗、アレン・アイバーソンとのHORSE対決、ブラッドリー・ビールの幼少期、セントルイスのバスケ文化まで幅広く語った。共同ホストのモニカ・マクナットとカジム・ファムイデも加わり、約78分にわたるトークとなった。

ジョーダンより先にオーナーグループにいた

アンソニーが「ネリーがボブキャッツのオーナーグループにいたこと、みんな忘れてるよね」と切り出し、NBAの全チームが20億〜60億ドル規模で評価される今、なぜ早い段階でオーナーシップに入ろうと思ったのかを尋ねた。ネリーはBETの創設者ボブ・ジョンソンがNBA初のマイノリティ・マジョリティ所有フランチャイズを立ち上げた際に声をかけられた経緯を説明した。当時の取得額は3億ドル規模で、ネリー自身は「普通預金と当座預金合わせて3億なんてなかった」と笑いつつも、歴史的なオーナーシップに加わるチャンスを逃したくなかったと振り返った。

「マイノリティが多数を占める最初の NBA フランチャイズのオーナーグループに加わるチャンスだったから、BET のオーナーとしてね。だから『入れてくれてありがとう』っていう感じで」

— ネリー [33:08]

その後ジョーダンが参画し、他のオーナーたちの持ち分を買い取っていった。ネリーは自分が最も小さい持ち分だったにもかかわらず買い取られなかったことに驚いたが、ジョーダンの答えは意外なものだった。

「マイクが俺を追い出したかったのかもって思ってたら、他のみんなを買い取って、俺だけ残したんだよ。だから『なんで俺のは買い取らないんだよ』って思ったよ」

— ネリー [34:05]

ジョーダンは「お前は面白いから残す」と告げ、さらに「待ってろ、お前のやつもちゃんとするから、金になるようにしてやる」と約束した。ネリーはジョーダンを信頼し、最終的に売却時にはしっかり利益を得たと明かした。

NBAオーナーの内側では選手が翌日いなくなる

マクナットがオーナーグループにいた時期に学んだことを尋ねると、ネリーはスポーツビジネスの厳しい現実を語った。気に入っていた選手が翌日にはトレードされていることがあり、「なんで俺に聞かないんだよ」と思いつつも自分には決定権がなかったと認めた。

「スポーツのオーナーシップのダイナミクスとビジネスの仕組みが少しずつ見えてくるんですよ。やっぱりビジネスだから。選手たちのことは好きだし、仲間だと思ってるのに、明日にはいなくなってたりするじゃないですか」

— ネリー [35:18]

ネリーは自分を「バーバーショップで重要人物ぶって話してただけ」と表現し、実際の経営には関与できなかったと素直に語った。それでもジョーダンはいつでも電話に出てくれたといい、「その番号がちゃんと使えるか確認するためだけにかけたりしてた」とジョーダンとの距離感を冗談交じりに明かした。オーナーグループの末席にいたからこそ見えたNBAビジネスの仕組み、つまり選手への感情とビジネス上の判断が別物であるという現実を、ネリーはあの経験で初めて肌で感じたと振り返った。

ジョーダンとのスペードで調子に乗り大金を失った

ネリーはジョーダンとバスケではなくスペード(トランプゲーム)で対戦した話を披露した。ネリーと弟のペアがジョーダンとチャールズ・オークリーのペアと組み、最初の何ゲームかはネリー側が勝っていた。しかし交際相手のシャンティの前で調子に乗って挑発を始めた途端、流れが一変した。

「最初の何ゲームかは俺たちが勝ってて、ちょっと煽り始めたんだよ。やっちまった。しかも彼女の前でそれをやられたんだよ。彼女がいたから俺も調子に乗って煽り始めて」

— ネリー [36:59]

ジョーダンの競争心にスイッチが入り、ネリーは「あの日は大金を失った」と語った。担保としてツアーバスのエンジンをかけておけと言われるほど追い込まれ、オークリーからも容赦ない追い打ちがあったという。ネリーは自分のツアーバスを持っていたが飛行機が苦手だったため移動に使っていたもので、それを賭けの担保に要求されるほどの窮地だった。それでもネリーは「マジでヤバかったけど、あんなに楽しかったことないよ」と、大敗しながらもあの場に関われた喜びを振り返った。

アイバーソンとのHORSEはホームコートと酒の力で勝った

アンソニーがネリーにアレン・アイバーソンとのHORSE対決の真相を尋ねた。ネリーは率直に「俺たちどっちもできあがってた」と両者が酔っていたことを認めた上で、勝因を説明した。舞台はジャーメイン・デュプリ(JD)の自宅ジムで、ネリーはそのジムで日頃からシュートを打ち慣れていた。一方アイバーソンはそのジムに不慣れで、天井の低さにアーチの高いシュートが対応できなかった。ネリーは自分を「ゴミ箱すらディフェンスできないけど、シュートはずっと打ち続けられる」セットシューターだと表現した。

「全然アジャストできてなかったんだよ。あのアーチめちゃくちゃ高いシュートで。『ホワイト・メン・キャント・ジャンプ』みたいな感じで」

— ネリー [42:20]

天井が低いことを忘れてボールをぶつけるアイバーソンに対し、ネリーはそのジムで打ち慣れていたアドバンテージが決定的だったと分析した。ただし後日シラフで再戦した際は「ちゃんとした状態でやったらチャックにボコボコにされた」と完敗を認めた。マクナットの「素直に勝ちを受け取りなよ」という言葉にも素直にはなれない様子で、ネリーは酔った状態かつホームコートという条件が揃って初めて勝てた一戦だったと正直に語った。

ビールの母親はネリーの高校の教師だった

マクナットがブラッドリー・ビール(セントルイス出身)の話題を振ると、ネリーは意外なつながりを明かした。ビールの母親はネリーが通った高校の教師で、幼いビールが通学する際に道路を渡らせていたという。

「彼のお母さんが俺の高校で教えてたんだよ。あのお母さんの学校が高校の向かいにあってさ。ちゃんと道を渡れるようにしてやらなきゃって感じで」

— ネリー [54:51]

ネリーはビールの母親を「本当に必要だったのに自分では気づいてないような先生」と評し、生徒との距離の近さが他の教師とは違ったと語った。しっかり厳しくしてくれる一方で本音で話してくれる人で、親御さんや保護者からすれば「あの先生のクラスに入れたい」と思える存在だったという。アンソニーがビールのNBA入りを確信した時期を尋ねると、ネリーは「お母さんも素晴らしいアスリートだったし、見ただけでわかる一家だった」と答えた。高校時代にはAAUバスケで頭角を現しており、周囲は早くから「このやつはすごい」と認識していた。ネリーはビール一家の規律ある家庭環境が、アスリートとしての成長を支えたと見ていた。

セントルイスはバスケの名産地、イースト・セントルイスは別次元の環境

ファムイデが「セントルイスはひっそりとすごいバスケの街だった」と指摘すると、ネリーは「アスリートを輩出してる都市のトップ10に入ってるはずだ」と応じた。ジェイソン・テイタム、ラリー・ヒューズ、ダリウス・マイルズらの名前が次々と挙がった。

「今もそうだよ。あっちは甘くないよ。全然舐めてかかれない」

— ネリー [58:37]

アンソニーは2000年代初頭にイースト・セントルイスを訪れた体験を語った。ウェスト・ボルチモア育ちの自分でもイースト・セントルイスには「全然レベルが違う」と衝撃を受けたという。「違うゲームをやってる街だよ。本当に別次元の話」と表現し、慣れた環境で育った自分の感覚をもってしても圧倒されたことを認めた。ダリウス・マイルズについてはネリーとアンソニーの意見が一致し、「何でもできた。ドリブルもできて、ほぼポイントガードみたいなことをしてて」と高校時代からの万能性を評価しつつ、ケガがなければもっとやれた選手だったと惜しんだ。ネリーは「もうひとり、残念ながら怪我に泣いたやつだな」とマイルズの才能が十分に花開かなかった現実を悔しそうに語った。

野球のルーキー契約は割に合わないとネリーが指摘

マクナットが「映画のオスカー助演賞と野球のオールスター選出、どちらを選ぶか」というユニークな質問を投げかけた。ネリーはまず「野球でいくら稼げるの?」と年俸を気にし、映画のオスカーを獲れば出演料が跳ね上がる点に触れた後、野球のルーキー契約に縛られる場合の待遇の低さに言及した。

「でもルーキー契約に縛られてたら野球は損だよ。だから野球ってたまにそういうところが微妙で、まあ大谷みたいになればいいけどさ、わかるでしょ?」

— ネリー [50:46]

大谷翔平やフアン・ソトの名前も挙がり、MLBの大型契約が1億ドル規模に達する現実と、ルーキーのうちはそこに手が届かないギャップについて軽く議論が交わされた。ネリーは最終的にどちらかを明確に選ぶことはせず、グラミー賞にもオスカーにもこだわったことがないと語った。話はネリー自身のグラミーでの扱いに広がり、「ベスト・ニュー・アーティストにノミネートされなかった」経験を振り返りつつも、「みんながライブに来てくれて、みんながレコードを買ってくれてりゃ、そのうちどうにかなるだろ」とファンの支持こそが自分にとっての勲章だという姿勢を示した。