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7PM in Brooklyn(2026年10月16日配信)でLL Cool Jが語った

LL Cool Jが語った音楽・ボクシング・ニックス優勝――96分の大型トークを振り返る

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/ 11日前

チームニックス

番組7PM・イン・ブルックリン

ポッドキャストで語るLL Cool Jの後ろ姿
イメージ画像(AI で生成)

LL Cool J on Jay-Z, Accidentally Punching Lennox Lewis, Surviving Deep Blue Sea & GOAT Black Sitcom

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7PM in Brooklyn(2026年10月16日配信)でカーメロ・アンソニーがLL Cool Jを迎えて語り合った。

ヒップホップのデータ偏重への警鐘、マスター音源の所有権をめぐる実体験、リック・ルービンとの出会い、Jay-Zとの距離感、ボクシングへの愛、そしてレノックス・ルイスに誤ってパンチを当ててしまった撮影秘話まで、約96分にわたるトークの聞きどころを整理する。

データ偏重がアーティストの「魂」を見えなくしている

カジーム・ファミウィデがヒップホップの現状をどう見ているかを尋ねると、LL Cool Jは業界構造とアートの両面から分析した。ストリーミング時代の収益配分やレコード会社のプロモーション不足といったインダストリー側の問題がある一方、アーティスト側には優れた音楽を作っている人材がいると指摘した。ただし、データが主役になった結果、クリック狙いの楽曲が優先される風潮が生まれていると警告した。

「スタッツは山ほど見せられるけど、スタッツはロッカールームで何が起きてるかは教えてくれない」

— LL Cool J [10:58]

LL Cool Jはさらに、クインシー・ジョーンズの「うんこは磨けない」という言葉を引き合いに出し、15分で曲を仕上げてすぐSNSに上げる風潮を批判した。若いアーティストに対しては「いい曲を書き、辛抱強くファンを少しずつ増やせ」と助言し、最初は2人だったファンが12人、50人、500人と積み上がっていく過程を具体的に描写した。

「クインシー・ジョーンズがよく言ってた、「うんこは磨けない」ってな。うんこは磨けない。笑えるけど本当のことだ。いい曲を書かなきゃいけない」

— LL Cool J [13:48]

データの有用性を否定しているわけではなく、「データと感情的なつながりをうまく組み合わせられたら、それで初めて土台ができた状態からスタートできる」とカジームの共同ホストが補足し、LL Cool Jも同意した。売上データだけを見れば何百万枚売ったアーティストが優れて見えるが、20年後・30年後に振り返ると「言葉の達人」のほうを人々は語り継ぐ、という対比が印象的だった。

出版権50/50からマスター100%所有に至った道のり

カジームがマスター音源の所有について話を振ると、LL Cool Jはキャリア初期の契約から振り返った。ラッセル・シモンズとの最初の契約ではパブリッシング(出版権)を50対50で分けたが、当時としては公正な条件だったと語った。シモンズが全部持っていくこともできた状況で搾取しなかった点を認めつつ、自分自身も当時は何も分かっていなかったと正直に明かした。

「全部持っていけたよ、マジで。でも俺は何も文句言わなかったと思う、何もわかってなかったから」

— LL Cool J [38:04]

その後、時が経つ中で周囲の話を聞き、マスター音源の価値を学んでいったという。最終的には自分が書いた楽曲の権利を100%取得した。現在は映画やテレビで「ママ・セッド・ノック・ユー・アウト」「アイ・ニード・ラブ」「ラウンド・アウェイ」「ヘッド・スプラング」などの楽曲が使われる際、自分自身がライセンスを出し、クリアランスを取り、フィーに合意している。ただしLL Cool Jは運が良かったことも素直に認め、いつも知的な力だけの結果ではないと振り返った。

「素直に認めないといけないときってあるんだよ、運が良かったって」

— LL Cool J [38:04]

リック・ルービンは「引き算の美学」で初期ヒップホップを形づくった

LL Cool Jはリック・ルービンとの出会いを詳しく語った。当時NYUの学生だったルービンは5番街のユニバーシティ・プレイスの寮に住んでいた。LL Cool Jがビースティー・ボーイズのアドロックにデモテープを送り、それをルービンも聴いて気に入ったことから「キャッチ・ジス・ブレイク」という曲を共作した。ラッセル・シモンズには最初の曲を気に入ってもらえなかったが、次に作った「アイ・ニード・ア・ビート」からDef Jamレーベルが始まった。

「俺の最初のアルバムには「プロデュース:リック・ルービン」じゃなくて「リデュース:リック・ルービン」って書いてある」

— LL Cool J [44:20]

ルービンの手法は、音楽から本質的でないものをすべて削ぎ落とし、アーティスト自身と音楽の核が際立つようにすることだった。ボーカルのボリュームをミックスで少し下げ、リスナーが耳を傾けて音量を上げないと聴こえないようにする、といった細かい工夫も重ねていたという。LL Cool Jはルービンについて、楽器も弾かず機材もプログラムしないが「ものすごく優れたセンスを持ってる」と評した。ジョニー・キャッシュにトレント・レズナーの曲をカバーさせたり、ラン・DMCにエアロスミスの曲をやらせたりできるのがそのセンスの証だと語った。

「ただ、ものすごく優れたセンスを持ってる。アートの世界で大事なのはセンスなんだよ」

— LL Cool J [46:22]

Jay-Zとの関係は「会えばクール」だがネット上の曲解を警戒している

カジームがJay-Zとの関係について踏み込むと、LL Cool Jは率直に、コメントを控えたい理由を明かした。顔を合わせたときの関係は良好だが、発言がネット上で曲解されることを懸念していると説明した。「愛があるし、仲はいいんだけど、どこかで変な方向に捻じ曲げられちゃう」と語り、深入りすること自体がリスクになる現状を嘆いた。

「俺が何か言うと違う意味に取られちゃうんだよな。それがもう理屈とか理由じゃなくてさ」

— LL Cool J [51:59]

カジームはそれ以上追及せず、共同ホストが「二人ともうまくやってる。ただ、うまくやってるってことで」と話をまとめた。LL Cool Jとカジームの双方が「クリックベイトのポッドキャストじゃない」と強調し、無理に切り込むことを避けた。共同ホストはロックの殿堂に同時に入った事実に触れて祝福を述べ、LL Cool JとJay-Zが異なるアプローチでヒップホップの可能性を広げた点に敬意を示した。LL Cool J自身も「神様はそういうやり方をするんだよ」と、同時殿堂入りの不思議な巡り合わせを認めつつ、関係そのものについてはあえて語らない姿勢を貫いた。

ニックス53年ぶり優勝は「一人二人のスター頼みではなかった」

話題がNBAに移ると、LL Cool Jはニックスの53年ぶりの優勝時にプエルトリコで休暇中だったことを明かした。レストランでスマホを持ちながら食事し、部屋でもゲームを流し、アプリもダウンロードしてあらゆるデバイスで観戦したという。友人の「ビッグ・トッド」には「にわかファンみたいで恥ずかしい」と打ち明けたが、長年しっかり追えていなかったことを正直に認めたうえで「今年はにわかで応援してよかった」と笑った。

「マジで人生で最高の気分の一つだったよ、わかるよな?」

— LL Cool J [68:16]

優勝の分析では、一人か二人のスターが突出したチームではなく「全部が合わさってバシッとはまった」と評価した。歴代のニックスの選手たちが基盤を積み上げ、信念を繋いできたからこそ実現したと称えた。カーメロ・アンソニーもOGアヌノビーの決定的なプレーに触れ、あの瞬間はリスクを伴う「運と好機」の場面だったと振り返った。

「全部が合わさってバシッとはまったんだよ。だからこうなったわけでさ」

— LL Cool J [69:01]

さらにLL Cool Jは優勝の話題をキャリア全般に広げ、チャンピオンリングの有無だけがキャリアの価値ではないと主張した。チャールズ・バークレーやカーメロ・アンソニーの名前を挙げ、トップクラスの選手が優勝できなかった要因にはコーチングスタッフの判断やロスター編成の問題があり、選手の能力だけで語るべきではないと訴えた。「コーチが下した判断についての話ってあまり聞かない」と、選手ばかりが責任を問われる構造への違和感を率直に述べた。

「面白いのはさ、勝ったときも負けたときも選手がその評価を受けるんだけど、負けたときの方がより責任を取らされるよな」

— LL Cool J [72:09]

スキル最高峰はシャクール・スティーブンソン、タイソンとロイ・ジョーンズJr.は甲乙つけがたい

ボクシングの話題では、カジームが「ボクシングが魂」と紹介し、LL Cool Jの家族にはボクサーが多く、叔父のジョン・ヘンリー・ルイスは殿堂入りしていることに触れた。現役で最もスキルが高い選手を問われると、LL Cool Jはシャクール・スティーブンソンの名前を即座に挙げた。ファイトスタイルの華やかさについては議論があると認めつつも「純粋なスキルで言ったら今一番」と断言した。

「純粋なスキルで言ったら、今一番「おっ」ってなるのはシャクール・スティーブンソンだな」

— LL Cool J [75:24]

歴代のフェイバリットにはマイク・タイソンとロイ・ジョーンズJr.を挙げ、甲乙つけがたいと語った。アンドレ・ウォードやレノックス・ルイスの名前も出しつつ、カーメロ・アンソニーがロイ・ジョーンズJr.を推す場面では笑いが起きた。LL Cool Jはタイソンについて「別格」「別物だった」と評し、ロイ・ジョーンズJr.についても「マジでやばかった」と称えて、どちらか一人には絞れない様子だった。

シットコム撮影中、レノックス・ルイスに軽く当ててしまい「目が切り替わった」

ボクシングの話からシットコム「In the House」の撮影秘話に展開した。ゲスト出演したレノックス・ルイスとLL Cool Jのキャラクター、マリオン・ヒルがボクシングをする設定で、ふざけ合っているうちに軽くパンチが当たってしまったという。LL Cool J自身が撮影の経緯を振り返った。

「俺のキャラクター、念のために言っとくけど、俺のキャラクターのマリオン・ヒルがレノックス・ルイスとボクシングをする設定だったんだよ」

— LL Cool J [78:06]

ルイスの目つきが変わった瞬間、本気で恐怖を感じたと回想した。「一人で部屋にいるときも思い出す」と語るほど強烈な体験だった。カーメロ・アンソニーは「レノックスがさ、俺は『頼む、俺だよ』って思ったよ」と受けた。LL Cool JはどこかにリハーサルかNGテイクの映像が残っているはずだと述べ、「インターネットのスカベンジャーハントが始まりそうだな」と笑いを誘った。

『ディープ・ブルー・シー』で生き残ったのは脚本変更の結果だった

カジームが「1999年、LL Cool Jはホラー映画史上初めて最後まで生き残った黒人男性になった」と紹介すると、LL Cool J本人は「それは本当のブラックヒストリーだよ」と応じた。しかし裏話として、もともとの脚本では死ぬ予定だったことを明かした。

「実はもともと映画の中で死ぬ予定だったんだよ。そうなの?でもなんかの理由で、こいつは殺せないってなったみたいで」

— LL Cool J [84:32]

カジームはこの事実をダニエル・カルーヤの『ゲット・アウト』での生存と結びつけ、「あんたが泳いだからカルーヤの走りが生まれた」とジョークを飛ばした。LL Cool Jも乗り、「俺が泳いだからジェットスキーに乗れると言えよ」と返して笑いを取った。脚本変更というひとつの判断が、ホラー映画における黒人キャラクターの描かれ方に一石を投じた形になったことを、軽い調子ながら印象深く伝えるやり取りだった。

96分に及ぶトークは、音楽・映画・スポーツのどの領域でも「辛抱強く本物を積み上げること」というLL Cool Jの一貫した哲学が通底していた。カーメロ・アンソニーとカジーム・ファミウィデの引き出し方も巧みで、ニックス優勝の喜びからレノックス・ルイスの恐怖体験まで、緩急のある回だった。